徳島県 高校部活動 / 学校プロフィール
池田高等学校 部活動情報・競技別ページ
基本情報
| 学校名 | 池田高等学校 |
|---|---|
| 都道府県 | 徳島県 |
| 地区 | 県西 |
| 設置区分 | 公立 |
| 学校公式サイト | リンク |
学校基本データ
| 創立年 | 1922年 |
|---|---|
| 設置者 | 徳島県 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程・定時制課程 |
| 学科 | 普通科・探究科 |
| 旧称 | 徳島県立池田中学校・徳島県池田高等学校 |
| 所在地 | 徳島県三好市池田町ウヱノ2834番地 |
| Wikipedia | リンク |
学校補足情報の一部は Wikipedia「徳島県立池田高等学校」 を参照し、部活コンパスで要約・再構成しています。 取得日: 2026-05-02。 版ID: 108880416。 ライセンス: CC BY-SA 4.0。
Wikipediaの部活動欄より
- 体育部 - 硬式野球、ハンドボール、レスリング、剣道、弓道など
- 体育部 - 硬式野球、ハンドボール、レスリング、剣道、弓道など
- === 野球部 ===
- 蔦文也元監督が率いる池田高校野球部は、春夏の甲子園大会で優勝3回、準優勝を2回した。全部員11人だけで戦い抜き準優勝を果たした「さわやかイレブン」や、「やまびこ打線」と呼ばれたその豪快な攻撃野球で、一躍有名になった。
- 1992年夏(第74回)以降は20年以上甲子園出場から遠ざかったが、2006年の春の県大会では準優勝、同年の秋季高校野球大会では、同じく県大会で準優勝を果たし(優勝は池田高校のやまびこ打線時代のライバルであり、同じ公立高校で、蔦の母校でもある徳島商業)、四国大会出場を決めるなど復活の兆しを見せた。
- なお、2017年に統合した2校のうち、辻校は統合後も分校扱いとして本校とは別に野球部が存続し、各種大会に出場している。
- こうして、緻密なプレーはせずにとにかく打ちまくるという強打の「やまびこ打線」を生み出した。1982年夏(第64回)では畠山準、水野雄仁を擁し、チーム6戦85安打(従来記録67安打、以下同)、チーム本塁打7本(同6本)、チーム121塁打(同95塁打)、7者連続安打(同6者連続)、6試合全て二桁安打、毎回全員安打一回、全員安打二回という当時の大会新記録を見事に打ち立てた。特にラストバッターの山口博史(後に九州産業大学)は2回戦(日大二(西東京代表))・3回戦(都城(宮崎代表))と2試合連続で本塁打を放ち「恐怖の9番打者」と恐れられ、切れ目のない打線の象徴となった。準々決勝の早稲田実業戦では、のちにプロでも活躍したエース荒木大輔と石井丈裕の両投手から、大量14点を奪い圧勝。更に決勝戦では「コツコツ点を取って守り切る」という従来の甲子園戦法の代表のような広島商業白川進 『俺たちの蔦野球-子供たちはついてきた-』 サンケイ出版 1983年、p219相手に初回から猛打で圧倒し、12-2で勝利した。金属バットは、打力を全面に押し出した方が有利といち早く気付き、徹底して実践した蔦元監督の先見の明は、その後の高校野球に大きな影響を与えた。帝京高校の前田三夫監督や、智弁和歌山高校の高嶋仁監督などが以後、この蔦元監督の池田野球に大きな影響を受けている。
- 池田高校野球部は、1982年夏の甲子園の準々決勝の早稲田実業戦(14対2で勝利)、決勝戦の広島商業戦(12対2で勝利)で開花し遂に初優勝(徳島県勢としても夏初優勝)を実現した。これらの結果は後に「甲子園の歴史を変えた試合」「高校野球の流れを変えたチーム」と呼ばれた。
- 打撃重視の池田高校の戦術は「やまびこ打線」の愛称の他には「超攻撃野球、パワー野球」と呼ばれ、それまでの甲子園野球のセオリーである「少ないチャンス(出塁)をバントで進め、スクイズでコツコツ得点し、守り切って勝つ」を覆すものであった。
- 大都会を離れた地方の県、それも山間部の公立高校の純朴な地元選手たちが、方言丸出し(阿波弁)の蔦監督に鍛えられ、広い甲子園球場で金属バットをフルスイングして何人もダイヤモンドを駆け巡る様は、「のびのび野球」と呼ばれ、日本中から注目されることとなった。夏春連覇を遂げた水野雄仁投手(高校卒業後に読売巨人軍ドラフト一位入団)は、後年、高野連の人から「甲子園で人気の出るチームの条件は5つある。田舎(地方)で、県立高校(公立高校)で、名物監督がいて、人数が少なく、野球が強い」と聞かされ、「全部池田高校に当てはまる」と思ったとのこと。
- 人気、実力ともそろった池田高校には史上初の「夏春夏連覇」の期待がかかり、マスコミを通じて日本中の注目が集まった。春の選抜を制覇した後はマスコミ陣の取材が最高潮となり一般紙・スポーツ紙・野球雑誌の記者、NHK、四国放送(徳島県内唯一の民放TV局・NTV系))、東京の日本テレビ、TBSの密着取材の他、セブンティーン、プチセブン(共に女子中高生向け雑誌)などの記者も取材した。甲子園ギャルの注目の的は昨年までの早実および荒木大輔から池田ナインに完全に変わった。ダイスケギャル、早実ギャルが荒木大輔や早実グラウンドに押し寄せたように、池田のグラウンドや試合会場には少女たちが群がり、中には野球部の寮にまで押しかける者もいた。
- NHK 1983年(昭和58年)7月1日 20時00分 NHK特集「池田高校野球部」 池田高校野球部の強さの秘密 個性を伸ばす蔦野球とは?
- 日本テレビ(協力 よみうりテレビ・四国放送) 1983年(昭和58年)7月29日 22時00分 Nationalドキュメンタリー劇場 甲子園・V3をとるんじゃ!蔦監督と池田高校の6ヵ月 これが地獄の特訓!蔦野球の秘密公開
- これらのとおり、「甲子園のアイドル・甲子園5季連続出場の悲運のエース 早実の荒木大輔」から「蔦監督とのびのび野球の池田高校」そして「PL学園一年生KKコンビ(桑田清原)」と、1982年から1983年までの甲子園の主役たちのバトンリレーがおこなわれた。池田高校で夏春連覇達成したが、三季連続優勝は逃した水野雄仁投手はのちに雑誌の取材で以下のように答えている。
- 「あの夏はとにかく暑くて、PL戦はもうバテ気味。あらためて映像を見ると、打たれてもしょうがない内容でした。でも、その後にKKコンビが高校野球の頂点を極めたわけですから。荒木さんから受け継いだバトンを次に託せたというか、最高の舞台で最高のチームに負けたんじゃないかなって。野球の神様も粋なことしますよね。その証拠に、40年ほど経った今もこうして取材してもらえる。ありがたいですよ」(あゝ夏の甲子園 昭和40年代男増刊 株式会社ヘリテージ)
- 全国高等学校野球選手権大会 (徳島県勢)及び選抜高等学校野球大会 (徳島県勢)を参照。
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